大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)3287号 判決 1973年10月31日

控訴人 平野清

控訴人 倉見華子

控訴人 名波道子

右三名訴訟代理人弁護士 中島源吉

被控訴人 浜北市

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人三名に対し、それぞれ金一三、一六三、八三二円および内金五、九三七、八三三円に対する昭和四二年二月二七日以降、内金七、二二五、九九九円に対する昭和四六年九月五日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張は、次のとおり付加するほか原判決の事実摘示のとおりであるので、その記載を引用する。

控訴人らは、次のとおり述べた。

「一、控訴人らは本件土地について売買予約完結の意思表示をしており、また、被控訴人もこれを確認して、「予約書に基づき買受ける意思である」旨の公文書(乙第一一号証)で回答しており、予約の成立は疑いのないところであるが、被控訴人としては、本件売買について地方自治法二三四条五項または浜北市契約規則に基づき契約書を遅滞なく作成しなければならないのであるから、これが延引による責は免れない。

二、控訴人ら主張の本件土地の売買代金は、被控訴人作成の公文書もしくは被控訴人の公共用地の売買実例と当該土地の固定資産税課税標準額との対比から、いずれも合理的に確定しうべきことは明らかである。

三、なお、本件土地の被控訴人に対する貸付は、旧農地法施行規則四六条による一時貸付であるから、貸付の当初においても、借地法に基づく借地権の生じることはなく、また本件土地が控訴人らに売払われても、これにより被控訴人が本来ない借地権をあらたに取得することはない。その理由を挙げると、次のとおりである。

(一)本件土地は、右貸付当時、農林大臣の所轄にかかる買収農地であり、普通財産ではないから、借地権が付与されることはない。

(二)右規則四六条による貸付は、国(所轄行政庁、農地事務局長)が一方的に解除権をもっており、借地法の適用除外になっていることが明らかである。

(三)右規則四六条による貸付について、念のため、関係行政庁である農林省農地課長の見解を尋ねたところ、借地権が発生しないことを回答している(甲第三七、第三八条)。

(四)被控訴人は、本件土地に賃貸借契約が存在しないことについて、昭和四〇年五月に公文書で再度にわたり明確に回答しており(甲第四、第五号証)、仮に借地権を有していたとしても、これを右回答で放棄していることが明らかである。

(五)被控訴人の本件土地の使用をかりに使用賃借としても、昭和四一年七月一四日付で解除を申し入れずみである(甲第一〇号証)。」。

被控訴人は、次のとおり述べた。

「一、本件の予約書(乙第一号証の二)の「私は上記土地の農地法施行規則四六条による貸付に異存はありません」、「農地法八〇条による売払いを受けた後は、借受申込者に所有権を移転します」という条項は、売主国、買主控訴人らの間の第三者被控訴人のための契約であるから、被控訴人の控訴人らに対する請求によって、前者は、本件土地が市営住宅敷地として賃貸されている現状を承認する旨の効果を生じ、後者は、国の払下げと同時に所有権を被控訴人に移転する効果を生ずるものである。被控訴人は、控訴人に対し、国の払下げ直後に右の請求をなしたから、被控訴人に借地権が生じ、かつ所有権は被控訴人に移転している。

二、本件土地の売買価格を第一次的に坪当り三六九円と主張する理由は、農地法八〇条の改正前、国から被控訴人に対して売払われた市営住宅敷地たる農地と同一価格をもって本件売買の代金とする趣旨であり、その価格は三六九円である(甲第四六号証)。」。

理由

控訴人らは、被控訴人との間で昭和三九年五月三〇日本件土地につきその主張の如き「売買予約」(予約完結の意思表示で売買の効力を生ずるいわゆる「売買ノ一方ノ予約」と解する)が成立したことを前提として、本件売買代金の請求をしているので、まず、右「売買予約」の成否について判断する。

本件土地はもと控訴人らの先代平野正身(昭和二八年五月一一日死亡)の所有であったが、昭和二三年二月二日自作農創設特別措置法三条の規定に基づき国に買収されたこと、被控訴人は昭和二九年から旧農地法施行規則四六条(現行の同施行規則四五条の二)の規定により本件土地および本件土地に隣接する一・七二〇坪(五・六七六平方メートル)の土地を国から借受け、この地上に被控訴人の公営住宅を建設したこと、控訴人らは農地法八〇条に基づき昭和三九年七月二一日浜北市農業委員会を経由して本件土地の買受申請をなし、同年九月二九日代金を納付し、同月三〇日国から所有権(共有持分)を取得し、昭和四〇年二月一六日国から控訴人らに所有権移転登記がなされたこと、そして控訴人らは右買受申請をするに当って、浜北市農業委員会の指示により、国に対して、控訴人らが本件土地の所有権を取得後これを被控訴人に売渡すことおよび右農地法施行規則四六条による貸付については異存のない旨の予約書(乙第一号証の二)を作成し、これを右買受申請書に添付して提出したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

ところで、右事実に照すと、控訴人らは昭和三九年七月二一日浜北市農業委員会に農地法八〇条に基づいて本件土地の買受申請をした際に、国に対して、「控訴人らが農地法八〇条による売払を受けた後は被控訴人に所有権を移転する」旨の予約書に署名捺印して提出していることが明らかであるが、証人木俣治男の証言によると、乙第一号証の二(予約書)の宛名は浜北市農業委員会において記入したものであり、そして右文書は控訴人らから同農業委員会へ提出されたものであるので、右文書の提出をもって直接、控訴人らと被控訴人との間で右予約書記載の合意が成立したものと認めることは疑問がないではない。

のみならず、控訴人主張の「売買予約」は予約完結権者が一方的に売買完結の意思表示をすれば直ちに売買の効力を生ずるものであるので、かかる予約の成立を認めるためには、本契約の「要素」である事項について争いの生じないように合意がなされること(少くとも、契約の解釈によって補充できること)が必要であり、本契約の要素の一つである売買の代金についていうと、その額自体が合意(確定)されているか合意されていなくても合理的に売買価格をきめうる客観的基準または方法が定められていることが必要である。すなわち、予約の交渉時に現に当該土地が買主となる者によって使用されている場合にはその土地使用権をどのような性質のものとして取扱いこれをどのように評価するのか、更地価格をどのような価格(例えば、取引事例比較による時価など)にするのか、これらの価格算定の時期をいつとするのか、または特定の第三者の判定に従うなどについて客観的にわかるように定められていることが必要であると解すべきところ、成立に争いのない甲第一号証、甲第六号証、乙第一号証の一、宛名部分を除いて成立に争いのない乙第一号証の二、成立に争いのない乙第一一号証ならびに証人木俣治男の証言(原審および当審)、鈴木俊雄(原審および当審)および控訴人平野清の本人尋問の結果を総合すると、本件土地について農地法八〇条に基づく払下げの手続が進められた頃、控訴人平野清と浜北市農業委員会側担当者、被控訴人側担当者の間で本件土地が農地法八〇条により控訴人らに売払われた後控訴人らが被控訴人に売買することについて話合いがなされ、控訴人らが被控訴人に本件土地を売買することについては関係者の間で了解がついたが、売買代金については意見が一致せず、結局売買代金は払下げがすんでから当事者間で相談をするということになったことが認められるにとどまり、前記のような売買価格をきめうる客観的基準または方法について合意がなされたと認めうる証拠はない。殊に、本件予約書(乙第一号証の二)は、国から控訴人らに売払後さらに被控訴人に売渡すことを確保するために国が買受申込人である控訴人らから買受申込を受理するにあたって徴したものであり、右予約書の提出や売買代金についての前述のような趣旨の話合いだけではいまだ控訴人ら主張の「売買予約」が成立したものということはできず、その他本件に顕われた全証拠によっても控訴人らの主張する売買予約の成立を肯定するには足りない(もっとも、前記予約書および話合いにつき、それが単なる売買についての事実上の内諾にすぎないのか、あるいは講学上の純然たる売買予約として法律上の契約―すなわち、相互に本契約締結の義務を負う予約―であるのか、後者とすれば具体的にどのような法律効果が生ずるのか、については問題があろう。しかし、これをいわゆる「売買ノ一方ノ予約」である売買予約と解することは前記理由で相当でないのみならず、かえって、控訴人らにとって利益でないということができる。けだし、「売買ノ一方ノ予約」では予約完結の意思表示で直ちに売買の効力が生ずるので、売買価格の基準時は控訴人らの自認する如く予約完結時である昭和四〇年四月二一日当時の価格となるが、本件のようにその額に争いがあり、かつ、土地価格の昂騰が激しい場合、争いの解決までに右価格が高騰するに拘らず、当然には右基準時が変更しないので、控訴人らは結局、紛争解決時には低廉な予約完結時の価格で売渡さねばならなくなる虞れがあるからである。)。そうすると、右「売買予約」を前提とし売買が効力を生じたとする控訴人らの主張は失当というほかないし、被控訴人主張のように本件土地所有権が被控訴人に移転したと認めることもできない。

以上のとおり、控訴人らの主張する本件土地の売買代金債権が発生していると認めることができないので、控訴人らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかない。

そうすると、控訴人らの本件請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤利夫 裁判官 吉江清景 山田二郎)

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